新井吾朗 職業能力開発研究室

職業能力形成をめざす一人ひとりの努力が報われる環境の構築をめざして

教育訓練論(18) 3. 教育訓練の技術 (2)指導案概要部各項目の記述 (2)授業テーマの考え方

このあと検討していくのは授業内容です。
授業テーマ 授業内容
 P:目的授業を行う目的
 O:到達目標授業を終了したときに到達する能力
 C:指導項目授業の中で指導する事項
対象者この授業を受ける学習者の前提条件

「授業テーマ」は、授業内容を表現する題名です。
授業計画を始める段階では、授業テーマなど決まっていると思われるかもしれませんが、意外とつまづくところでもあります。
とくに既存の教育訓練を引き継ぐ場合や、教科書が指定されているときには注意が必要です。

授業テーマには、学習者に習得してもらう知識や技能、態度などの学習「内容」の全体像を表現するように記述します。
他方で、学習「方法」を記述するものではありません。

例えば次の記述は、やや範囲が広すぎる記述ではありますが授業テーマとして概ね適切です。

(1)オームの法則
(2)水辺の生物

他方、次の記述は、授業テーマの記述としては不適切です。

(3)テスターによるオームの法則の確認
(4)水辺の生物の観察

この違いを見てみましょう。
(1)(2)は、学習する内容がオームの法則、水辺の生物に関する何かを学習することが想像されます。
他方、(3)は、オームの法則に関するなんらかの計測をテスターで行うのだろうなという授業の進め方は想像できるのですが、そこで学習する内容がオームの法則なのか、テスターの使い方、計測方法なのかがわかりません。
(4)も同様で、授業で水辺の生物を観察する活動をするのだろうな、と想像できます。しかし、その活動で水辺の生物、観察方法のいずれをを学習するのかはわかりません。
(3)で、計測方法が学習内容なら、「テスターの使い方」や「テスターによる計測方法」などとすればいいのです。(4)も同様です。観察方法が学習内容であれば、「水辺の生物の観察方法」や「生物の観察方法」などとすれば良いのです。
(3)(4)の問題は、授業の中でテスターによる計測を行う場面や生物を観察する場面を「学習内容」として扱うのか、オームの法則や水辺の生物を学習するための「学習方法」として扱うのかが曖昧だということです。
逆にいうと、オームの法則や水辺の生物を「学習内容」とするのか、テスターによる計測や生物の観察方法を「学習内容」とするための「練習の題材」として扱うのかが曖昧だということです。
オームの法則や水辺の生物が学習内容なら、授業の中で必ずしもテスターによる計測や観察という活動をしなくても良いことになります。
逆にテスターによる計測や生物の観察が学習内容であれば、必ずしもオームの法則や水辺の生物を計測や生物の観察の練習題材としなくても良いことになります。

どちらが学習内容


もちろん、例えば、テスターの使い方とオームの法則の二つが学習内容になってもかまわないのですが、だとすれば、「オームの法則とテスターの使い方」と表現する方が良いでしょう。
ただしこの場合、なぜ、オームの法則とテスターの使い方を一緒に学習しなければならないのか、というようなことも検討しなければなりません。例えばテスターの使い方を何らかの電気の性質と同じ授業で学習するのであれば、「直流電気の電流、電圧、抵抗 "と" その測定のためのテスターの使い方」、というように、テスターで測定する電気要素そのものと一緒に学習すると良いのではないでしょうか。
この場合、次の授業でオームの法則を学習するときは、すでにテスターは使えるので、テスターを使ってオームの法則が成立することを確認するという学習場面を設定できます。その場合の授業テーマは、「オームの法則」だけになります。


授業テーマで学習内容と学習方法(練習題材)を曖昧にする弊害は、学習者を惑わせるだけでなく、授業計画を行う指導者も惑わせます。
学習内容が何か、明確な意志を持っていれば良いのですが、計画しているうちに何が学習内容なのかわからなくなってくるのです。

次は、授業の内容を曖昧にする授業テーマの事例を紹介します。

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教育訓練論(17) 3. 教育訓練の技術 (2)指導案概要部各項目の記述 (1)対象者

授業計画概要部の中で最初に検討する項目は、テーマ、目的、対象者の3項目です。
この3項目はどれかを先に決めると他の項目が決まるというものではありません。
本教育訓練論では、便宜上、対象者の検討から説明を始めますが、必ず対象者の検討から始めるわけではありません。

この検討順序については、テーマ、目的、対象者の3項目の記述方法を説明してから、詳しく説明します。

他方で、テーマ、目的、対象者は、授業計画の出発点です。
この後検討する到達目標や指導項目、授業の展開を、それで良いのかと検討するときの基準になります。つまり、テーマ、目的、対象者が項なのだから、到達目標はこれで良い/悪いと評価する基準になります。

そのつもりで、本項では、まず、次表の「対象者」の検討方法を説明しましょう。
テーマ 授業内容
 P:目的授業を行う目的
 O:到達目標授業を終了したときに到達する能力
 C:指導項目授業の中で指導する事項
対象者この授業を受ける学習者の前提条件

対象者で検討することは大きく3つあります。
第1は学習課程における学習者の位置づけ、第2は学習者の興味関心、第3は学習者の既有能力です。
まず、第1、第2について説明します。
学校教育では「学習者観」などと呼ばれる項目です。この場合、この授業の学習者がどのような人物であるかを記述します。たとえばどのような学習課程の学習者か、学習課程での学習にどのような希望を持っているか、学習課程で修得する能力を将来どう活かすことを希望しているのかといったことを記述します。
このような学習者観は、学習者がさまざまな期待や希望を持っていることを前提として、能力の修得(到達目標への到達)を保証するより学習者の興味や意欲を引き出すことを重視した学習計画に必要な情報です。
学習課程の情報は、学習課程が前提としている学習者の立場を明らかにします。例えば進学を目的とした塾の授業と、補習を目的とした塾の授業では、授業計画が異なることは明らかでしょう。

次に、第3の学習者の既有能力について説明します。こちらが教育訓練論の本命です。
教育訓練論では到達目標への到達を保証することをより重視します。
そのため対象者として記述すべき情報としては、前記のような学習者の興味関心に関する情報より、学習者の既有能力に関する情報が重要です。
既有能力とは、これから計画する授業を学習するときに必要な能力の前提です。

既有能力には2つの側面があります。

既有能力の第1の側面は、授業の動機づけや適用の場面で(動機づけ、適用は、学習者が指導者の指示により活動する場面。後に詳細を説明します。)、その授業内で指導者が説明をしなくても指示しさえすれば、受講者が実行できる能力の前提です。

例えば何らかの社会的な制度が学習内容の授業の動機づけで、インターネット上のある種の情報を検索することを指示するような場合、PCやスマホをインターネットに接続させ、アプリを選択し、文字入力をすること、ブラウザでインターネットの情報を検索すること、検索した情報の真偽をある程度推測することなどができる必要があります。授業でこうした操作を説明せずに、単に検索を指示するだけで済ますためには、これらの能力は既有能力でなければなりません。
あるいは授業の課題として、PCでレポートを作成すること課すのであれば、文書作成ソフトやレポートに必要な計算ソフトなどを使えることが既有能力となります。

既有能力学習手段

既有能力の第2の側面は、今回の学習内容を理解するために、これまでの学習で積み上げてきた前提となる能力です。例えば次図のように複数回の授業が段階的に進む場合、次の段階の学習をするためには、前の段階を修得していて既有能力となっている必要があります。
分圧の計算を導き出すにはオームの法則が必要です。オームの法則に基づいて計算するには電圧・電流・抵抗を使い分けたり問題から読み出す必要があります。このような前提となる能力が既有能力です。

既有能力学習段階


授業概要部の「対象者」には、必ず既有能力を2つの側面から記述します。
また学習内容を決めるために必要な場合は、学習課程における学習者の位置づけ、学習者の興味関心も記述します。

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教育情報の技術標準IMS その必要性を高める環境条件

この数日、IMS Japan conference に参加している
IMSは教育のIT化に向けた教育情報の技術標準の開発・普及促進を行う団体。文科省のGIGA スクールでも教育情報の標準化を検討しているようだけど、IMSの動向には注目しているようだ。
教育情報の標準化は、効率的なIT化の基盤として必要だから。いろいろなシステム間で、例えば学習者情報や学習者の履修情報が有する情報の種類や形式が異なると、システム間で手入力しなおさなければいけないなどの不効率が起こる。これを防ぐための標準化。だけど、この発想の標準化ではこれまでの作業が効率化されるだけの話。
IMSにはCASE(Competencies and Academic Standards Exchange)という標準が規定されている。CASEは学習目標や評価基準(評価ルーブリック)に関する技術標準。
ある大学で取得した単位と他大学の単位の互換を確認するようなときに使う。これは大学と企業間でも、どのような能力を修得しているかを突き合わせる際にもつかえる。
でも、これが、事務効率を高める以上の効果を発揮するのは、教育機関とは別の第3者が設定した学習目標・評価基準に各教育機関のカリキュラムが結びついたとき。
例えば、企業がある能力を有する人を採用したいと考える時に第3者が設定した学習目標・評価基準に互換する教育を行っている教育機関がどこか、その科目を履修しているのは誰かと検索するようなことが可能になる。
さて、このようなことは、日本で可能になるのだろうか。学習指導要領に基づく小・中・高校では、それが可能。
ただ、能力を修得したという認定が各教育機関で同じ基準で行われることが前提だけど。
高等教育の場合、一部の職業資格(医師、薬剤、建築、弁護)が設定されている分野は、ほぼ同様の教育が行われるだろうから使いやすいだろう。しかし他分野では、各教員が自分が教えたい内容を教えていることが想定され、その場合、第3者が設定した学習目標・評価基準は参照されない。でもCASEをつかって課程を管理するなら、ある科目が準拠する学習目標・評価基準は、その科目を設定した先生が独自に設定する学習目標・評価基準になる。
これは、これまでの事務作業をITにのせるだけ。学習者が求める教育を教育機関を超えて検索する場面や企業が求める能力を有する人材を教育機関を超えて探す場合、単位互換などの場面での効率は高まらない。
という質疑をカンファレンスでしたら、先行しているアメリカの大学でも9割以上が独自の学習目標・評価基準で運用しているとのこと。過渡期であり、今後、教育機関を超えて学習目標・評価基準目標の通用性を認証するような団体が現れることを期待しているとのこと。ただしこうした団体も、ビジネスとして成り立つニーズがあってこそ、というアメリカらしい発想。
多分、国を超えて資格を通用させようとしている欧州は、別の事情があるんだろうな。
職業能力開発の分野ではうまく活用できるように、情報収集、各種の仕組みへの働きかけを進めよう。
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IMSJAPAN.ORG
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一般社団法人 日本IMS協会は、国際標準化団体IMS Global Learning Consortium (IMSグローバル)に参加する日本の大学や企業が中心となって2016年に設立されました。「公正に個別最適化された学び」の実現を目指し、わが国を中心にIMS....

育訓練論(16) 3. 教育訓練の技術 (1)授業計画 指導案 (3)指導案概要部が示すもの

本項から、指導案各項目の具体的な記述の説明に入るつもりでしたが、その前にもう一つ確認しておきましょう。
各項目の書き方の技術はそれぞれ重要なのですが、各項目を精密に記述しても全体としてまとまりが悪いと、意味がありません。そこで、各項目間の関係を再確認しておきます。

教育訓練の定義が「人の能力を高めることで、社会が抱える課題を解決する活動」であることは、繰り返し説明してきました。
これを在職者向けに短期間で行っている職業訓練をモデルに記述すると、次図のように表せます。

model01


例えば職場で、ある製品の品質を高める必要がある。
だけど、現在の職場の人材では品質を高められないのであればそれが職場の問題ということになり、この問題を人の能力を高めることで解決することが教育訓練ということになります。
この教育訓練では、現在の職場にいる品質を高められない人材が対象者となります。
その人材が品質を高める能力を生産に適用できる能力を修得することが到達目標となります。
品質を高める技術や手法、それらを具体的な生産に適用する方法などが教育・訓練の内容(=指導項目)になります。

この教育訓練の授業単位の計画をすることが、指導案の作成です。
この場合の指導案の概要部には、次のような内容を記述することになります

テーマ  品質を高める○○技術や△△手法
 P:目的 製品の生産に○○技術、△△手法を適用する必要がある
これらを適用できる能力を育成することが目的である
 O:到達目標 製品の生産に○○技術、△△手法を適用できる
 C:指導項目○○技術と生産に適用する方法
△△手法と生産に適用する方法
(従業員の既有能力はのぞく)
  対象者 従業員の既有能力 (作業はできるが、品質は悪い)


教育訓練を計画する場合、特に指導案の概要部のような全体像を示す部分の計画では、教育訓練と教育訓練の内容を適用する現実の場面との関係を具体的に想定しましょう。
そうでないと、本に書いてあることを順に説明するだけの計画になってしまうようなことになります。

ではいよいよ次項から、各項目の記述方法を詳細に説明します。

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教育訓練論(15) 3. 教育訓練の技術 (1)授業計画 指導案 (2)指導案の構成

前項で示したように指導案に決まった様式はありませんが、それぞれの様式は、授業の要素として重視している事項が反映していると言えるでしょう。

(1)教育訓練論で使う様式は、以下ものです。
釘打ち作業モデル授業の指導案

この指導案は、これまでに説明してきた

教育訓練の定義
教育訓練の目的・到達目標
POCEの一貫性
指導案の役割

を反映したものとなっています。
まず、その全体像、構造を、上記の重視している事項との関係から説明しましょう。
釘打ち作業モデル授業の指導案」と比較しながら読んでください。

(2)指導案は、大きく 概要部と展開部に分かれます。
概要部は、テーマから使用機材等の欄までです。授業で指導する内容の全てを一覧できる部分です。
展開部は、指導区分、時間、指導項目と展開です。授業をどのような手順で進めるのか、指導者が学習者がどのように行動するのかを記述している部分です。

以下に、それぞれ記述する内容をまとめます。

(3)指導案:概要部の主要な構成要素

概要部の主要な要素は、テーマ、目的、到達目標、指導項目、対象者です。
各構成要素のうちP:目的、O:到達目標、C:指導項目は、POCEの一貫性で説明したP:目的、O:目標、C:内容に対応するので、一貫するように記述する必要があります。
それぞれ、次表の内容を記述します。

テーマ  授業内容記述します。
授業を進める際に見られる表面的な課題ではなく、その授業で習得する能力の本質的な内容を示します。
 P:目的 授業を行う目的を記述します。
カリキュラムに設定されているからとか、単位取得のためというような教育課程の都合ではなく、どのような現実場面で授業テーマを使う予定なのかを記述します。
「POCEの一貫性」の起点となるP:目的となります。また「教育訓練の目的・目標」で示した「目的」であり、「教育訓練の定義」で示した、解決すべき課題を表します。
 O:到達目標 授業を終了したときに到達する能力を記述します。
「~ができる」のように、行動目標として記述します。
 C:指導項目 授業の中で指導する事項の全てを記述します。
到達目標に到達するために説明しなければならない事項の全てを記述します。
ただし「対象者」に記述する、この授業を受ける人の既有能力に関係する事項は指導項目として記述しません。
  対象者 この授業を受ける学習者の前提条件を記述します。
大きく、(1)教育訓練のコース、(2)学習者がテーマの活用を期待している分野、(3)既有能力 


(4)指導案:展開部の主要な構成要素

展開部の主要な要素は、指導区分、指導項目と展開です。
展開部には、概要部に記述した各指導項目に対する具体的な指導の手順を記述します。
POCEの一貫性のC:内容(指導項目に対する指導手順)、E:評価(到達目標への到達を確認する評価)に対応するので、概要部のP:目的、O:到達目標、C:指導項目と一貫するように記述する必要があります。
それぞれ、次表の内容を記述します。

指導区分 指導項目と展開
「指導項目と展開部」に記述する各指導項目に対するひとつひとつの指導手順が何を目的として行うのかを次の区分で記述します。
指導の3段階:導入・展開・まとめ
指導の4活動:動機づけ・提示・適用・評価
各指導項目に対して、指導者が学習者に対して、どのような働きかけをするのかを記述します。
働きかけには動機づけ、提示、適用、評価があります。


次項でそれぞれの項目の記述方法を、さらに詳細に説明します。

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プロフィール

職業能力開発総合大学校
能力開発応用系 准教授
博士(教育) 新井吾朗

職業訓練指導員養成課程で職業力開発技術の普及を担当しています。
また、職業資格と職業能力開発の技術を研究しています。もともと、別分野の研究のつもりでしたが、近年は職業資格の日本的な特徴が、日本での職業能力開発の技術の適用状況を曖昧にしているという考えに至っています。

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