新井吾朗 職業能力開発研究室

職業能力形成をめざす一人ひとりの努力が報われる環境の構築をめざして

職業資格研究分野

教育情報の技術標準IMS その必要性を高める環境条件

この数日、IMS Japan conference に参加している
IMSは教育のIT化に向けた教育情報の技術標準の開発・普及促進を行う団体。文科省のGIGA スクールでも教育情報の標準化を検討しているようだけど、IMSの動向には注目しているようだ。
教育情報の標準化は、効率的なIT化の基盤として必要だから。いろいろなシステム間で、例えば学習者情報や学習者の履修情報が有する情報の種類や形式が異なると、システム間で手入力しなおさなければいけないなどの不効率が起こる。これを防ぐための標準化。だけど、この発想の標準化ではこれまでの作業が効率化されるだけの話。
IMSにはCASE(Competencies and Academic Standards Exchange)という標準が規定されている。CASEは学習目標や評価基準(評価ルーブリック)に関する技術標準。
ある大学で取得した単位と他大学の単位の互換を確認するようなときに使う。これは大学と企業間でも、どのような能力を修得しているかを突き合わせる際にもつかえる。
でも、これが、事務効率を高める以上の効果を発揮するのは、教育機関とは別の第3者が設定した学習目標・評価基準に各教育機関のカリキュラムが結びついたとき。
例えば、企業がある能力を有する人を採用したいと考える時に第3者が設定した学習目標・評価基準に互換する教育を行っている教育機関がどこか、その科目を履修しているのは誰かと検索するようなことが可能になる。
さて、このようなことは、日本で可能になるのだろうか。学習指導要領に基づく小・中・高校では、それが可能。
ただ、能力を修得したという認定が各教育機関で同じ基準で行われることが前提だけど。
高等教育の場合、一部の職業資格(医師、薬剤、建築、弁護)が設定されている分野は、ほぼ同様の教育が行われるだろうから使いやすいだろう。しかし他分野では、各教員が自分が教えたい内容を教えていることが想定され、その場合、第3者が設定した学習目標・評価基準は参照されない。でもCASEをつかって課程を管理するなら、ある科目が準拠する学習目標・評価基準は、その科目を設定した先生が独自に設定する学習目標・評価基準になる。
これは、これまでの事務作業をITにのせるだけ。学習者が求める教育を教育機関を超えて検索する場面や企業が求める能力を有する人材を教育機関を超えて探す場合、単位互換などの場面での効率は高まらない。
という質疑をカンファレンスでしたら、先行しているアメリカの大学でも9割以上が独自の学習目標・評価基準で運用しているとのこと。過渡期であり、今後、教育機関を超えて学習目標・評価基準目標の通用性を認証するような団体が現れることを期待しているとのこと。ただしこうした団体も、ビジネスとして成り立つニーズがあってこそ、というアメリカらしい発想。
多分、国を超えて資格を通用させようとしている欧州は、別の事情があるんだろうな。
職業能力開発の分野ではうまく活用できるように、情報収集、各種の仕組みへの働きかけを進めよう。
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一般社団法人 日本IMS協会は、国際標準化団体IMS Global Learning Consortium (IMSグローバル)に参加する日本の大学や企業が中心となって2016年に設立されました。「公正に個別最適化された学び」の実現を目指し、わが国を中心にIMS....

職業資格の見直しになるか。 美容師試験の見直し

美容師試験見直しの記事が出ました
美容師として一人前を評価できる、するような資格に変わるのか。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20210628-OYT1T50161/ 

規制改革推進会議が検討するというところも気になります。
これまで規制改革推進会議は、規制をなくす、就業制限を伴うような資格はなくす、政府のお墨つき的な検定はなくす方向だったから、試験の内容を難しくする(美容師への参入障壁を高くする)方向の改革はしないかもしれない。

試験の内容を現代的な技術変更することはあるかもしれないが、見ばえに関する技術は簡素にして、その技術の安全な施術に関するものだけに絞る方向も考えられる。
お客さんに施術するのに一人前の能力を判定する試験、というより、就業制限を伴う資格の前提である公共の福祉のために害を及ぼさない施術ができるという内容に絞る方向。
見ばえに関する技術は、民間資格にゆずるという方向もあるかな。

美容の業界、資格産業、美容学校、消費者団体がどういった主張をするのか見ていよう。

日本の職業資格の特質についての研究は、以下を参照してください。
https://araigoro.blog.jp/archives/1078858373.html
 

日本における職業資格活用の実態とその特質に関する研究

学位論文「日本における職業資格活用の実態とその特質に関する研究」が名古屋大学リポジトリに公開されました。

https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/31471/files/k13390_thesis.pdf

この論文で明らかにした事実は、次の2つです。

1 日本の職業資格(就業制限を伴う職種型の免許類は除く)は、
 その資格が関連する職業に求められる能力について、
 (1)資格運営機関、(2)教育訓練機関、(3)資格取得者が就業する職場、(4)資格取得者(以下4種の職業資格利用者を総称して「資格の利用者」という。)の間での
 合意された標準が存在しない中で運営されている
 という特質を有している。

2 職業に求められる能力の合意された標準が存在しない中で、個々の資格運営機関は資格の社会的な価値を高める各種の取り組みを行っており、取り組みには類型が見られる。

この事実から、つぎのような考察をしています。
日本の職業資格の特質は、資格の利用者個々に得失を生むが、
「職業能力形成に伴うリスクを資格取得者(学習者)のみに負わせる」
という決定的な不都合を生んでいる。

職業能力形成に伴うリスクとは、職業能力形成を行うために必要な時間、費用、労力の負担に対する効用の不確かさです。

履修主義と修得主義

「令和の日本型学校教育」の構築を目指して
~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)
令和3年1月26日 中央教育審議会
https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-1.pdf
が、答申されました。

今回の答申で私が注目しているのは、「4.「令和の日本型学校教育」の構築に向けた今後の方向性」として、「(4)履修主義・修得主義等を適切に組み合わせる」が検討されいていることです。
答申では、それぞれ次のような考え方であると、説明しています。

履修主義:所定の教育課程を一定年限の間に履修することでもって足りるとする
年齢主義:進学・卒業要件として一定年限の在学を要する
修得主義:履修した内容に照らして一定の学習の実現状況が期待される
課程主義:進学・卒業要件として一定の課程の修了を要求する

一般に日本は、義務教育は履修主義(年齢主義)で運用され、後期中等教育から修得主義(課程主義)で運用されていると認識されていると思われます。

履修主義の課題の別記事はこちら

これを義務教育段階から履修主義と修得主義を組み合わせて運用する考えが答申に示されています。
それぞれの弊害だけを見ると、現行制度を変更できなくなってしまうのだけど、それぞれの長所を組み合わせて運用するという考え方は、実際に制度が変わるかもしれないと期待させます。

答申では履修主義、修得主義それぞれの得失を次のように整理しています。
私が重視する教育修了時に身に着ける能力の保証についての言及がないのが気になりますが、それ以外の得失を教育関係者がどう捉えているのかは概観できます。

履修主義・年齢主義
利点:対象とする集団に対して,ある一定の期間をかけて共通に教育を行う性格を有する。このため修得主義や課程主義のように学習の速度は問われず,ある一定の期間の中で,個々人の成長に必要な時間のかかり方を多様に許容し包含する側面がある
欠点:過度の同調性や画一性をもたらすことについての指摘もある

修得主義・課程主義
利点:一定の期間における個々人の学習の状況や成果を問い,それぞれの学習状況に応じた学習内容を提供するという性格を有する。個人の学習状況に着目するため,個に応じた指導,能力別・異年齢編成に対する寛容さという特徴が指摘される
欠点:個別での学習が強調された場合,多様な他者との協働を通した社会性の涵養など集団としての教育の在り方が問われる面は少なくなる

答申では、適切な組み合わせを次のように説明しています。

義務教育段階
進級や卒業の要件としては年齢主義を基本に置きつつも,教育課程を履修したと判断するための基準については,履修主義と修得主義の考え方を適切に組み合わせ,それぞれの長所を取り入れる教育課程の在り方を目指すべき

高等学校段階
これまでも履修の成果を確認して単位の修得を認定する制度が採られ,また原級留置の運用もなされており,修得主義・課程主義の要素がより多く取り入れられていることから,このような高等学校教育の特質を踏まえて教育課程の在り方を検討して

この説明では具体的なことは全くわからないのですが、例えば次のような運用が考えられます。
科目毎に全国共通の段階的な能力認定試験のようなものを設定し、義務教育段階ではその能力認定を進級、卒業の条件とはしないけれど、能力認定は行って科目の修得状況を示す。卒業時には卒業証書と科目毎のレベル別の能力修得認定証が交付される。この場合の卒業証書は義務教育生活・活動を営んだ証明書として発行される。
高等学校段階では、いくつかの科目のあるレベルの能力認定が進級や卒業の要件となる。卒業時に、卒業証書とレベル別の能力修得認定証が交付される。この場合の卒業証書は、高校生活・活動を営み、必要な能力修得認定がなされたことの証明書として発行される。
大学入試は、卒業証書とある科目のあるレベルの能力習得認定証で代替される。
将来的には、能力認定証書があれば卒業証書は不要とする大学等も出てくるかもしれない。

いずれにしても、学校卒と能力修得認定を分けて評価するようになるのではないだろうか。
少しずつ、グローバルスタンダードに向かっている。

フィンランド徒弟訓練と職業資格

201610

「技術教育学の探求」に、以下のテーマの論文が掲載されました。

フィンランドにおける徒弟訓練 (その2)
- 職業資格取得のための評価を中心に -


名古屋大学大学院教育発達科学研究科 技術・職業教育学研究室
技術・職業教育学研究室研究報告 : 技術教育学の探求 15, pp.1-18 2016-10



20151020

日本産業教育学会で、以下のテーマの報告をしました。

フィンランド徒弟訓練における能力評価について
報告要旨
発表スライド

フィンランド職業教育の特徴は以下のとおり。(職業教育のうち、在職労働者が在職のまま職業資格取得を目指す仕組みが徒弟訓練。今回の報告の題名は徒弟訓練に限定しているが、能力評価の方法は全ての職業教育で同じ。)
①基礎職業資格、高度職業資格、専門職業資格の3段階資格取得を目指す。
②前項職業資格を取得するための後期中等教育、高等教育へのアクセスが柔軟。
③職業資格のためのデモンストレーションによる評価は、企業が求める能力を評価する妥当性を重視していて、実用上許容できる客観性で運用されている。
④企業の採用活動と職業資格取得、職業教育が密接に関連している。
⑤国民の職業能力形成を企業で行うが、企業任せにしない公共性を維持している。

さてこうした仕組みから日本を見たときに、日本をどう評価すればいいか。
①日本の国民の職業能力形成は企業にまかされていた。
②日本で職業資格が発達しなかったのは、企業が企業内で通用する職業資格(職能資格制度をはじめとする能力を基準にした人事制度)を有していたことで、企業外で評価される職業資格は必要なかった。
③そのため企業に雇用される労働者は、その職業能力を外部の企業で評価してもらうことができなかった。=労働者は企業を移るのは不利だった。企業は労働者の囲い込みに成功した。
④この状況は、期限の定めのない労働契約を結んでいる労働者にとっては問題なかった。
⑤期間を区切って企業を移動せざるを得ない非正規雇用(有期労働契約)の労働者にとっては、新たな職場で以前の職場での職業能力形成を評価されない問題が残った。
⑥そうして、企業間で通用する職業資格を誰が整備すべきかを真剣に議論するときが来たと言えるのではないか。
と思うのだが、いかがだろう。

20151019

「技術教育学の探求」に、以下のテーマの論文が掲載されました。

フィンランドにおける徒弟訓練
-徒弟訓練と職業資格の関係を中心に-
 

名古屋大学大学院教育発達科学研究科 技術・職業教育学研究室
技術・職業教育学研究室研究報告 : 技術教育学の探求 12, 36-51, 2015-04-01
科学研究費補助金事業(基盤研究(B))「北欧における職業教育・訓練の改革に関する総合的研究 : 新しい「徒弟訓練」を中心に」(研究代表者: 横山悦生)中間報告書( その1 )

20150401


フィンランド職業教育の基本情報

(1)フィンランド大使館ウェブページ
フィンランドで学ぶ
http://www.finland.or.jp/public/default.aspx?nodeid=46063&contentlan=23&culture=ja-JP

(2)フィンランド教育文化省ウェブページ
http://www.minedu.fi/OPM/?lang=en

(3)フィンランド国家教育委員会
http://www.oph.fi/english

(4)フィンランド国際相互認証センター(Center for International Mobility:CIMO)ウェブページ
http://www.studyinfinland.fi/






 
プロフィール

職業能力開発総合大学校
能力開発応用系 准教授
博士(教育) 新井吾朗

職業訓練指導員養成課程で職業力開発技術の普及を担当しています。
また、職業資格と職業能力開発の技術を研究しています。もともと、別分野の研究のつもりでしたが、近年は職業資格の日本的な特徴が、日本での職業能力開発の技術の適用状況を曖昧にしているという考えに至っています。

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